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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)690号 判決 1964年4月30日

控訴人 須鎗キミヨ 外一名

被控訴人 竹中磨佐男

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。原判決主文第一項を『控訴人須鎗キミヨは被控訴人に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三二年三月一六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を、控訴人須鎗福造は被控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する右同日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を各支払うことを命ずる。』と変更する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張および証拠の提出援用認否は

控訴代理人において

一、被控訴人は昭和三六年四月三日の口頭弁論期日に爆発物等引揚作業実施権の譲渡とは昭和三一年九月二五日海上保安庁長官が許可番号第五号の六〇六四を以て許可した許可区域内に投棄されている爆発兵器爆薬又はそれ等の部分品自体の売買であつて本訴三百万円はその残代金であると主張したがその後昭和三六年六月一四日の口頭弁論期日において従来の請求を撤回し被控訴人が訴外山田滋岐に対して有している一切の権利を譲渡しその譲渡残代金の請求をすると変更した。而して右にいわゆる一切の権利の内容は必ずしも明らかであるとはいえないが、かかる変更は請求の基礎に変更を来たすものであつて許さるべきではない。

二、控訴人等先代須鎗友市(同人は昭和三五年三月一三日死亡し妻である控訴人キミヨ及び子である同福造が相続によりその権利義務を承継した)が被控訴人との間に、訴外山田滋岐が昭和三一年九月二五日付を以て海上保安庁長官より保警監第五号の六〇六四を以て許可された岩国沖所定海域における爆発物件等引揚作業及び一九五六年九月一七日米軍岩国飛行隊ウワグナー氏との協定書にもとづく引揚作業実施権と称するものを譲渡金六〇〇万円で譲受けるとの契約(本件契約)をなし内金三〇〇万円を支払つたことは認める。

三、しかし本件契約は次の理由により無効である。

右海上保安庁長官の山田滋岐に対する引揚作業許可には

(イ)  引揚期間昭和三一年九月二五日から昭和三二年一〇月二五日迄

(ロ)  引揚作業の開始は爆発物件等の払下契約が締結された後に限るものとすること

(ハ)  引揚物件は引揚後一応国に引渡すこと

(ニ)  引揚作業実施者は山田滋岐であること

等の条件が付されていた。而して昭和二〇年運輸省令第四〇号(昭和二五年八月二一日同省令第六三号で第四条の三追加)によると爆発物件等は海上保安庁長官の許可を受けなければ引揚げることはできないし、また爆発物件等を産業の用に供する場合の外右許可をしてはならないこと及び引揚作業は海上保安庁長官の定める方法によらねばならないことに定められている。右制限や命令に違反した者は引揚の許可を受けた者のみならず引揚従業者まで処罰せられる(第五条)のであつて、その他「爆発物件等の引揚又は解撤の手続等に関する件」(昭和二六年八月一〇日海上保安庁告示第二三号)等の諸規定によると爆発物件等は引揚の許可を受けた者のみが自ら(又は雇入れた従業員を使用して)引揚作業を行ないうるのであり、許可をえない限り第三者に引揚作業を委託することもできないことが明らかである。(故に被控訴人や控訴人等先代は山田滋岐の使用人とならねば引揚げに関する一切の作業に従事できないことになるが両名とも山田の使用人となつた事実はない。また解撤後のスクラツプの払下げは引揚作業開始前に払下げを受ける契約をした者のみが払下げを受けうるのであつて山田と被控訴人との契約及び本件契約によるも被控訴人や控訴人等先代が山田に代わつて払下げの資格を有するに至るとは認められない。)かように山田が受けた爆発物件等の引揚許可はこれにもとづく権利乃至地位を譲渡しえない性質のものであるから、これを目的とした譲渡契約は無効であるし、譲渡をしたと同様な結果を招来することを目的として締結された契約も脱法行為として無効である。

四、仮りに本件契約が右理由によつては無効ではないとしても契約の要素に錯誤があるから無効である。すなわち控訴人等先代は被控訴人から本件海域は 女海域として海底に最少二、〇〇〇屯以上約五、〇〇〇屯の爆発物件等の放棄物がありこれを引揚げてスクラツプとして処分すれば莫大な利益があるからとて引揚作業の勧告をうけ山田滋岐名義の引揚許可書写し(乙第一号証の一、二)を見せられた。しかし海上保安庁の許可は海底に右物件の存否に拘らず申請によつて引揚げの資格があると認められれば許可になるのであつて、許可書があるからといつて爆発物件が多量にあるとは限らないので控訴人等先代は被控訴人の案内で午前一〇時頃現場調査に赴いた。ところが被控訴人は控訴人等先代を作業船には乗せないで監視船に乗せ各作業船の間を航行したのであるが、そのとき各作業船には相当量の物資が積まれ集積船には約三〇屯位いの爆発物件等が積込んでありそのうえ被控訴人や作業員たちは口を揃えて「右船積物資はいずれもその当日の朝から引揚げたものであり、海底にはなお多量残つている」と説明し、なお控訴人等先代が宿に帰ると直ちに被控訴人は使者や電話で早く契約するよう催促し遂には被控訴人の妻をよこして他からも契約の申込があるから早急に諾否を決めるよう迫つたので控訴人等先代は現場調査の模様から被控訴人のいう最少三、〇〇〇屯以上との言葉を信用し本件契約を締結することとし内金三〇〇万円を支払つたのである。

右契約後控訴人等先代は山田滋岐名義で従前の作業船や作業員等によつて引揚作業を行つたところ爆発物件等は殆ど存在しない様子なので驚いて前述の船主や作業員たちに問い質したところ「約三〇屯の船積物資その他引揚物資として作業船に積んであつたものはいずれも控訴人等先代に見せるため他から買入れたものであり、被控訴人に言い含められて同先代に海底にはなお多量の引揚可能物資があるよう説明したがこの海域はこれ迄にも三回引揚作業が行われているので最早爆発物件は殆どない」という返事であつた。そこで同先代は過去において引揚作業が行われたことがあるか否かを調べたところ昭和二七年度に鈴木某が中国財務局の許可を得、また海上保安庁長官の許可により同年度二幸産業株式会社、昭和二八年度古鷹株式会社がそれぞれ爆発物件等の引揚作業を行つたことが明らかになつた。かように山田滋岐が引揚許可をうるまでに既に三名が同一海域で引揚作業を行つたのであるから同海域に爆発物件等が存在しないのは当然である。現に控訴人等先代が山田滋岐名義を以て海上保安庁長官にした昭和三二年三月三〇日付最終の引揚作業完了報告書によると引揚許可期間内に引揚げた総数量は、七九m/m以下小銃弾〇、〇三三屯、一三m/m以上機銃弾〇、二七三屯、砲弾一、三八三屯爆弾〇、四六九屯、その他〇、〇九〇屯合計二屯二四八に過ぎず、引揚作業に要する一切の諸経費を負担した控訴人等先代は莫大な損害を被つたのである。

控訴人等先代が被控訴人と本件契約を締結したのは利益をうることを目的としたものであるから目的物たるスクラツプが少くとも一切の諸経費スクラツプ払下代金並びに六〇〇万円の合計額に相当する数量の存することを前提要件としたものであることはいうまでもない。一般に売買その他物品の受渡をする売買類似の有償契約において物件の数量は対価たる金額に相対比するものであつて金額を定めるための基礎であると共に契約締結のための要素をなすものである。

本件についてこれを見るに引揚げた爆発物件等の数量は総計僅かに二屯二四八で殆ど皆無にひとしく何人といえどもかかる採算のとれない結果が予想しえたならば本件のごとき契約を締結する筈はないのであろう。しかるにかかわらず控訴人等先代がこれを締結したのはまさしく同人が錯誤に陥つていた結果に外ならない。

被控訴人は控訴人等先代が本件契約締結前三ケ月も調査したと主張するがかかる事実はない。山田滋岐が引揚許可をえたのは昭和三一年九月二五日であり本件契約締結は同年一一月七日であつてこの間四三日に過ぎない。しかも引揚許可をえておらない控訴人等先代が掃海その他潜水等による調査ができる筈もない。被控訴人や同人に使われていた者の言を信用する外ないのであるから控訴人等先代には重大な過失はないのである。

五、仮りに右主張も理由がないとしても、本件契約は前記事実により明らかなごとく被控訴人の詐欺によつて締結した契約であるから控訴人等先代は昭和三二年一月一九日附内容証明郵便を以てこれを理由として本件契約を取消す旨の意思表示をし同書面はその頃被控訴人に到達したのでこれにより本件契約は取消された。

六、更に右主張もまた理由がないとするも右書面は左記理由にもとづき本件契約を解除する旨の意思表示を含むものであつてこれにより本件契約は解除された。

本件契約の趣旨は結局において被控訴人において爆発物件等を解撤後、山田滋岐名義を以てその払下げを受けスクラツプの所有権を取得するというにあるから帰するところ本件契約はこのスクラツプの所有権取得を目的として締結せられたものである(このことは山田滋岐と被控訴人間の契約についてもいえることであり、なお各契約当時山田にも被控訴人にもなんらの所有権のなかつたことは明らかである。)

すなわち本件契約は将来生成することあるべき第三者所有のスクラツプの譲渡を目的とする契約であり第三者の権利の売買に類似する一種の無名契約であるからこれに関する規定が準用せらるべきである。ところで、

(1)  山田滋岐が有する引揚作業実施権並びに将来生成することあるべきスクラツプの所有権の払下げを受けることのできる地位を含めてこれを被控訴人のいわゆる「一切の権利」として、控訴人等先代は本件契約後海上保安庁に対し右引揚作業を実施しうる地位の譲渡による許可申請をしたのであるが遂に右許可は得られなかつたのであるから被控訴人は控訴人等先代に対し右「一切の権利」を移転することができなかつたものである。

(2)  仮りに右許可を得られなかつたことは被控訴人の不履行とならないとしても、前記契約締結の事情からすると被控訴人は少くとも代金六〇〇万円又はこれに近い金額に相当する数量のスクラツプ所有権を控訴人等先代に移転すべき義務を負担したものといわなければならない。しかるに控訴人等先代が取得した数量は極めて少量の僅か二屯二四八であつて到底契約の趣旨にそつた履行があつたとはいえず信義則上被控訴人は売主の義務を尽くさなかつたものとして買主たる控訴人等先代において契約解除権を有するものと解すべきである。もつとも引揚作業は控訴人等先代が山田滋岐の被用者として山田の名において実施したのであるが、山田が海上保安庁長官の許可をえていた作業船及び船主(作業船名船主名は共に爆発物件引揚作業許可申請書に記載することを要件とし、これを変更する場合も許可を要する)をそのまま使用作業したのであるから控訴人等先代に作業上咎むべき点はない。

右(1) 又は(2) の理由により控訴人等先代のなした解除は有効であり本件契約はこれにより解除せられたものである。

七、以上の次第で控訴人等は被控訴人に対し本件金員を支払う義務なく被控訴人の本訴請求は失当である。と述べ、乙第一号証の一、二、第二、第三号証を提出し当審における海上保安庁への調査嘱託(第一、二回)の結果及び証人須鎗茂、同井上千代松の各証言を援用し甲第一ないし第三号証の成立を認め検甲第一、第二、第三号証につきそれぞれ括弧内記載の被控訴人主張事実は不知と述べ

被控訴代理人において

「一、訴外山田滋岐は昭和三一年九月二五日海上保安庁長官より岩国沖所定海域における爆発物等引揚作業の許可を得たが、同月二七日被控訴人と山田との間に、山田が許可された右爆発物等引揚作業に関して次の約定が成立した。

(一)  山田は被控訴人が山田名義を以て右許可された爆発物等引揚作業を実施することを承認する。

(二)  右爆発物件等はその解撤後山田名義を以て被控訴人が払下げを受け払下げ後スクラツプの所有権は被控訴人が取得することとする。

二、被控訴人は昭和三一年一一月七日右山田との間の契約にもとづく被控訴人の山田に対する一切の権利を前控訴人須鎗友市に譲渡し須鎗はその対価として金六〇〇万円を原判決記載の約旨によつて支払うことを約したが、内金三〇〇万円を支払つたのみで残金三〇〇万円の支払いをしない。

三、須鎗友市は昭和三五年三月一三日死亡し妻である控訴人キミヨ及び子である同福造において相続によりその権利義務を承継した。したがつて同人等はその相続分に応じ被控訴人に対し前記未払金三〇〇万円を約旨にしたがい支払うべき義務がある。

四、よつて被控訴人は当審において原審被告須鎗友市に対してなした請求を改め控訴人キミヨに対しては金一〇〇万円及びこれに対する最終弁済期の翌日である昭和三二年三月一六日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払いを、控訴人福造に対しては金二〇〇万円及びこれに対する同日以降完済迄同じ割合による遅延損害金の支払いを各求める。」と述べ

なお控訴人等の抗弁に対し

「控訴人等は本件契約は要素に錯誤があるから無効であると主張するが、右契約は引揚物件が海底深くに所在すべきものであることの特殊性よりして同物件の数量を特定しえないのは勿論、所定海域内に同物件が実在することすらも契約の要素なすものではない仮りに契約の要素をなすとしても、控訴人等先代は本件契約締結前三ケ月にわたり試験作業を実施する等して物件の存在を確認したうえ被控訴人に対しその譲渡方を懇請し被控訴人をしてやむなくこれを応諾せしめたものであるから控訴人等先代に錯誤はなかつたのであり、若あつたとすればそれは同人の重大な過失に基くものである。

また控訴人等は本件は詐欺にもとづく意思表示であると主張するが被控訴人はこの種の事業に素人であるため幾度も失敗を重ねた挙句本件作業においてこれをとり返す意図であつたので多数の譲渡希望者があつたのを全部拒絶していたのである。ところが控訴人等先代は解撤事業を専問とするものであつて前記のごとく三ケ月にわたる調査の結果いかようにでもしてこれを譲受けようと企て旅館を借切つて被控訴人を饗応する等百方手を尽くし遂に被控訴人の妻を説得同意させるに至つたので被控訴人もやむなく引揚物件を格安に譲受ける約定で本件契約を締結したものである。右経緯から見るも本件契約が被控訴人の詐欺に因るものでないことは明白であり、元来素人である被控訴人が専問家の控訴人等先代を欺罔しうる筈はない。

控訴人等先代より控訴人等主張のごとき解除の意思表示があつたことは認めるが同先代が本件作業を中止したのは一に事業資金の不足によるものであつて下請作業人の給料が支払えないため作業進捗せず被控訴人に対し残代金の支払いを物件の転売ができるまで猶予を申出たこともあり現に解除の意思表示をしたのちも転買人を求めて奔走していた事実がある。被控訴人には何ら本件契約上の債務不履行の点はないのであるから右解除はその原因を欠き固よりその効力なく控訴人等の解除の主張もまた理由がない。」と述べ、甲第一乃至第三号証及び検甲第一(本件契約成立前昭和三一年九月頃現地へ調査に赴く船内で控訴人等先代一行を写したもの)、第二(同じ頃同先代がその宿泊旅館で被控訴人を饗応した際の写真)、第三(同じ頃控訴人等先代一行が引揚物件を調査しているところの写真)号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第二号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べたほかは

原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

一、先ず控訴人の被控訴人の新請求は請求の基礎に変更があるとの抗弁について考えて見るのに、本件口頭弁論の経過に徴すると控訴人主張の事実のあつたことは明らかであるが、被控訴人の本件請求は終始、訴外山田滋岐が昭和三一年九月二五日保警監第五号の六〇六四により海上保安庁長官の許可を得た岩国沖所定海域における爆発物件等引揚作業実施に関する権利を被控訴人が控訴人に譲渡した代金の残額を請求するものであつて、右譲渡の目的物に関する契約内容の解釈について被控訴人において変更したことがあるに過ぎないのであり、請求そのものを変更したものとは解せられないから、控訴人の此の主張は採用できない。

二、前控訴人須鎗友市が昭和三五年三月一三日死亡し妻である控訴人キヨミ及び子である同福造が相続によりその権利義務を承継したこと、右控訴人等先代が被控訴人との間に、訴外山田滋岐が海上保安庁長官より昭和三一年九月二五日附保警監第五号の六〇六四を以て許可された岩国沖所定海域における爆発物件等引揚作業及び一九五六年(同年)九月一七日米軍岩国飛行隊ウワグナー氏との協定書にもとづく引揚作業実施権と称するものを譲渡代金六〇〇万円で譲受ける旨の契約(本件契約)をなし内金三〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

三、ところで昭和二〇年運輸省令第四〇号(同省令は昭和二七年法律第七二号により平和条約発効の前後を通じて法律としての効力を有する。)第四条の三によると「海域にある爆発兵器若しくは弾薬又はその部分品(爆発物件等)は海上保安庁長官の許可を受けるのでなければこれを引揚げ又は解撤することができない。同庁長官は右許可の申請が当該爆発物件等を産業の用途に供しようとして為された場合の外これを許可することができない。右許可を受けた者が当該爆発物件等の引揚げ又は解撤をしようとするときは同長官の定める方法によることを要する」旨定められており、また右第四条の三の規定にもとづく昭和二六年海上保安庁告示第二三号によると右引揚又は解撤の許可を受けた者がその作業を開始しようとするときは一定の資格を有する作業技術者を定め同庁長官の認可を受けなければならず、且つ、右各作業はそれぞれ右作業技術者の直接の監督の下に実施すること、またその作業状況は毎月及び完了のときに同長官に届出ることを要し、なお引揚げに係る爆発物件等は解撤の許可を受けた以外の者に引渡してはならない旨定めた規定その他諸種の取締規定が設けられており、前記運輸省令第五条、第六条によると右各規定に違反したものは三年以下の懲役その他の刑罰に処せられることとなつている。又成立に争いない乙第一号証の二によると本件許可証には引揚作業の実施は爆発物件等の払下契約の締結された後に限る旨および前記海上保安庁告示の規程を遵守せずその他不都合の行為があつたときは許可を取消す旨の記載があることが明らかである。

以上の諸点を本件作業の性質等に照らして考えると引揚許可にもとづく権利乃至地位の譲渡は法律上不能である(当審証人須鎗茂同井上千代松の証言によれば控訴人等先代は本件契約にもとづき新たに引揚作業又はスクラツプの払下許可申請をしたが却下されたことが明らかである)とする控訴人等の主張もまた決して一理なしということはできない。普通いわゆる取締規定はこれに反する契約の当事者間の私法上の効力には関係なきものと説明せられているが、当裁判所はかく一様に論断することはできず、かかる契約の私法上の効力については各具体的な事例に即して仔細に検討する要があると考える。一般的にいつて取締法規違反の契約が単なる法規違反として目せられる程度を超え、当該法規の持つ意味合い又はこれに加えて諸般の情況に照らし公序良俗違反の程度に達していると目しうるときはかかる契約の私法上の効力をも否定すべきはけだし当然であろう。しかしながら本件につき後記するがごとく譲受人が譲渡人の海上保安庁に届出た作業技術員その他大部分、譲渡人が同庁において許容された施設物件を利用して作業することとし引揚乃至解撤作業そのものの実質内容には変更を来たさないことが予定された譲渡契約(引揚作業をすることができる事実上の地位を譲渡する契約)の場合にあつては右契約自体は公序良俗に反するとはいえないのであつて、したがつてかかる契約の私法上の効力迄否定する要はないものと解する。当裁判所は右理由により、本件契約は法規に違反するから無効であるとの控訴人等の主張は採用しない。

四、よつて次に本件契約は要素に錯誤があるから無効であるとの控訴人等の主張につき考える。

成立に争いない甲第一号証(殊に第一〇条の記載)、乙第三号証、真正に成立したものと認められる同第二号証並びに当審における証人須鎗茂、同井上千代松の証言及び被控訴本人尋問の結果(一部)を総合すると「控訴人等先代が本件契約締結前海底にある爆発物件等の数量につき調査をしたのは僅か契約当日被控訴人の案内で同人の作業現場を検分した位いのことであるがそれも時間の関係と風が強かつたため詳しい調査ができず、ただ帰途被控訴人側から通りかかりの集積船に積込んだ物資をその当日引揚げたものであると聞かされ且つ本件海域においてこれが最初の引揚作業であるとのことであつたのでこれにもとづき海底には相当多量の物件があると思い同夜被控訴人と本件契約を締結することとした。而してその譲渡代金の額については爆発物件等の数量を目安にすることに双方一致したが、被控訴人は七、八千噸位はある見込みであるといい、これに対し控訴人等先代は約三〇〇〇噸と踏めば損はないものと考え折衝の結果同先代の考えた大体三〇〇〇噸を基準とした金六〇〇万円を代金額とすることに協定が成立した。なおその際控訴人等先代は被控訴人が海上保安庁に届出た作業技術員によつて作業を行い被控訴人は従来同人が使用していた施設、物件等をそのまま同先代に譲渡し、同先代はこれを使用してその作業をすることを取極めた。ところが同先代が実際作業してみると、引揚物件の数量は予期に反し控訴人等主張のごとき極めて少量のもので残存物件は殆どないこと、および調査の結果山田滋岐が許可を得る迄に既に数名のものが許可をえて引揚作業をしていたことが判明した。」要旨以上の事実を認定することができるのであつて当審における被控訴本人の供述中右認定に反する部分は当裁判所これを措信しない。ところでおよそ本件のごとき当事者の見込みが的中するか否かによつてその得失が大きく左右される契約において実質上目的物件であるものの数量が当初の見込みに反し少量であるということは単に動機の錯誤たるに止まり契約の要素には該当しないのが通例である。しかしながら本件においては前記事実関係に照らすとき爆発物件等が相当量存することは右通常の場合と異なり契約の要素をなすものであつたといいうるのであり、これが控訴人等主張のごとき極めて微量であつたことはその錯誤に該当するものというべきである。被控訴人は控訴人等先代は三ケ月にわたつて試験作業等をして物件の数量等を調査したうえ被控訴人に譲渡方を懇請したのであるから同先代に錯誤はなかつたのであり仮にあつたとしてもそれは同人の重過失に因るものであると主張するが、本件全証拠によるも右双方のいずれが本件契約の締結に対しより能働的であつたかを判定することはできないのであつて前記認定をくつがえすに足る資料はない。勿論控訴人等先代が必要な調査をしないままで本件契約を締結したことにつき咎められるべき点があることは否定できないところであるけれども、それも前記認定の事情及び甲第一号証の第一〇条により認められる本件契約にもとづく紛争については双方徳義を以て解決すべきことを約した事実に照らすと本件錯誤の問題を論ずるにあたり当事者間においては重過失として論難するほどのものでないと解するのが信義誠実の原則上相当である。

当裁判所の認定は以上のとおりであつて、本件契約は要素に錯誤があるものとして無効というべく被控訴人は控訴人等先代したがつて控訴人等に対し残代金請求の権利を有しない。

五、よつて被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であり棄却すべきものであることが明らかであるからこれを認容した原判決を取消すこととし民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

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